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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)80号 判決

原告 日本住宅公団

被告 小林幸男 外一名

主文

被告等は原告に対し連帯して金二五、六一〇円及び内金四、九五〇円に対しては昭和三二年三月三一日より、内金四、九五〇円に対しては同年五月一日より、内金四、九五〇円に対しては同年五月三一日より、内金五、三八〇円に対しては同年七月一日より、内金五、三八〇円に対しては同年七月三一日より、いずれも右完済に至るまで金一〇〇円につき一日金五銭の割合による金員を支払え。

原告の被告等に対するその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその二を原告のその一を被告等の各負担とする。

この判決は第一項に限り原告において被告等に対し各金八、〇〇〇円の担保を供するときはその被告に対し仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告小林幸男は原告に対し別紙目録記載の建物を明渡し、被告両名は原告に対し連帯して二五、六一〇円及び内金四、九五〇円に対しては昭和三二年三月三一日より、内四、九五〇円に対しては同年五月一日より、内四、九五〇円に対しては同年五月三一日より、内五、三八〇円に対しては同年七月一日より、内五、三八〇円に対しては同年七月三一日より各完済に至るまで一〇〇円につき一日五銭の割合による金員並びに昭和三二年八月一日以降右建物明渡済に至るまで一ケ月八、〇七〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  原告は被告小林に対し昭和三一年四月一九日原告所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を、期間同年四月二五日より起算して一年、家賃一ケ月四、八〇〇円、共益費として室外の電気、水道の使用料室外の塵芥処理費並びに浄化槽の清掃及び消毒の費用共同燈の電球取替の費用等について毎月原告の定める額、及び公租公課相当額として本件建物及びその敷地に賦課される固定資産税その他の公租公課に相当する額で毎月原告の定める額(以下右家賃、共益費公租公課相当額を一括する場合は家賃等と略称するを毎月三〇日までに支払うこと、右家賃等の支払を遅滞したときはその遅滞額に対し一〇〇円につき一日五銭の割合による遅延利息を支払うこと、賃借人が賃貸借契約解除後本件建物より退去しないときは契約解除の日の翌日より起算して退去の日までの家賃等相当額の一、五倍の金額を支払う約定の下に賃貸し、被告小山は同日右賃貸借契約に基く被告小林の原告に対する債務につき連帯保証の責に任ずることを約した。

(二)  原告は右約定に基き共益費については一ケ月一五〇日、公租公課相当額については昭和三二年六月分以降一ケ月四三〇円と定め、いずれもその支払期日までに被告小林にこれを通知したのに拘らず、同被告は同年三月分以降の家賃等の支払をしない。

(三)  そこで原告は被告小林に対し昭和三二年七月二四日附内容証明郵便を以て同年三月分以降六月分までの延滞家賃共益費計一九、八〇〇円並びに同年六月分の公租公課相当額四三〇円合計二〇、二三〇円及びこれに対する約定遅延利息として三月分一二二日分三〇〇円四月分九二日分二二〇円五月分六一日分一五〇円六月分三一日分八〇円合計七五〇円中七四〇円を同年七月三一日までに原告事務所に持参して支払うべきことを催告するとともに、右期間内に支払わないときは右賃貸借契約を解除する旨の条件附契約解除の意思表示をなし、右は同年七月二七日に被告小林に到達したが、同被告は右期間内にその支払をしなかつたので右賃貸借契約は同月三一日限り解除された。

(四)  よつて原告は被告小林に対し賃貸借契約の終了を理由として本件建物の明渡を求めるとともに、被告等に対し契約解除の日の翌日である昭和三二年八月一日以降本件建物明渡済に至るまで家賃等相当額の一、五倍に当る一ケ月八、〇七〇円の割合による約定損害金並びに同年三月分家賃、共益費四、九五〇円及びこれに対する支払期日の翌日である同年三月三一日より、同年四月分家賃共益費四、九五〇円及びこれに対する支払期日の翌日である同年五月一日より、同年五月分家賃、共益費四、九五〇円及びこれに対する支払期日の翌日である同年五月三一日より、同年六月分家賃等五、三八〇円及びこれに対する支払期日の翌日である同年七月一日より、同年七月分家賃等五、三八〇円及びこれに対する支払期日の翌日である同年七月三一日よりいずれも右完済に至るまで一〇〇円につき一日五銭の割合による約定遅延利息の連帯支払を求めるため本訴請求に及ぶ。

と陳述し、

被告等主張の抗弁に対し、

(一)  本件建物の賃貸借契約における被告小林が原告に対し本件建物の家賃の外に原告の定める公租公課相当額を支払うという約定は、地方税法に違反し且つまた契約の成立要件を欠くから無効であると被告等は抗弁するが、右約定は昭和三〇年八月二五日建設省令第二三号日本住宅公団法施行規則第九条に基き定められたものでもとより地方税法に違反するものでなく、又固定資産税額は法令所定の基準により決定せられるものであつて原告が一方的に決定し得るものでなく、従つて必ずしも契約当時その額を特定しておく必要がないのみならず、被告小林との賃貸借契約当時の昭和三一年四月一九日には本件建物の固定資産税評価基準は未定で昭和三二年一月に至り初めて定められ、少くとも同年四月以降本件建物について固定資産税が課せられることが明らかに予見せられたので、事柄を明らかにする意味においても家賃の外に固定資産税相当額を支払うことを約定することが妥当と考えられたのであつて、右約定は契約の成立要件を欠くものでない。なお原告は昭和三二年六月一二日附住宅公団通牒「既に募集済の賃貸住宅の公租公課相当額の算出方法」に基き、本件建物についての公租公課相当額を別紙公租公課相当額算出表のとおり具体的に同年六月以降毎月四三〇円と定め、被告小林居住団地の責任管理人藤井勝治より同年六月二四日附通知書を配布して被告小林にその旨を通知している。

(二)  叙上のとおり公租公課相当額を原告において一方的に定め得るものでない限り、原告において一方的に定め得ることを前提とする被告等主張の(二)の抗弁も理由がない。

(三)(1)(イ) 被告等は被告小林に対しなした賃貸借契約解除の意思表示の前提である催告の金額が過大であるから右催告は無効であると抗弁するが、原告は右催告金額中に昭和三二年七月分の家賃等に対する約定遅延利息はこれを算入せず、同年七月分の家賃等を併せて請求したのは、従来の支払の実績に鑑み延滞分に併せて予め請求したまでであつて、指定期間内に七月分を除く他の延滞家賃等の支払があれば契約解除の意思表示がその効力を発生しないことは当然である。又被告小林は六月分の家賃等の一部を提供して全部の領収証を要求したので、原告がこれを拒否すると一部の支払をもなさなかつたもので、被告小林の右提供は債務の本旨に従つたものといえず従つて同被告がその後なした供託も弁済の効力を生じない。従来家賃等の支払について支払期日の翌日の二、三日頃遅延利息をとらないで受領した事例はあるが、右は便宜的好意的な取扱いに過ぎず、約定の効力には影響がない。以上の理由により右催告は過大催告ではない。

(ロ) 被告等は右催告における指定期間は不相当であると抗弁するが、右催告の書面は昭和三二年七月二四日に発送されたもので通常の場合には翌二五日に送達される筈であるのに、同月二七日に被告小林に送達されたことは、同被告において郵便物の受領を故意に困難ならしめていたと考えられる。仮にそうでないとしても、金額も少額であり支払の準備もされているべきであるから、四日間を以て不相当となすのは当らない。

(ハ) 被告等は右催告における支払場所の指定は契約に違反すると抗弁するが、家賃等の支払場所について通常の場合は居住団地附近に配置された責任管理人方に持参して支払うことになつているが、契約解除又は訴訟等を予定する不定期の支払を催告する場合等は、責任管理人不在等の場合を考慮し受領を速かに確認することができる等賃借人の利益を考え多くの場合原告大阪支所と指定しているもので、被告小林に対しても右のような配慮から原告大阪支所と指定したまでで、もとより右催告を無効ならしめるものでない。

(2) 被告等は原告の契約解除権の行使は権利の濫用に当ると抗弁するが、仮に被告小林が悪意でなく固定資産税負担反対運動に関与したものとしても、右運動が被告小林の賃料不払、契約違反を正当化しその違法性を阻却するものではないから、被告等の右抗弁も理由がない。

と述べ、

立証として、甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三ないし第六号証を提出し、証人藤井勝治の証言を援用すると述べた。

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中原告が被告小林に対し昭和三二年六月分以降の公租公課相当額を一ケ月四三〇円と定め通知したとの点は不知、仮にそのことがあつたとしてもその金額が原被告間の賃貸借契約における公租公課相当額であることはこれを否認するが、その余の事実はすべてこれを認めると述べ、

抗弁として、

(一)  本件建物の賃貸借契約における被告小林が原告に対し本件建物の家賃の外に原告の定める公租公課相当額を支払うという約定は、次の理由により無効であるから被告等はその支払義務なく、従つてその支払義務あることを前提とした原告の契約解除の意思表示はその効力を発生しない。

(1)  右約定は右賃貸借契約において定める家賃の外にさらに本件建物及びその敷地に賦課される固定資産税その他の公租公課の支払を定めるものであるが、固定資産税は地方税法第三四三条により不動産所有者に賦課されるものであつて、賃借人である被告小林が家賃とは別にこれを支払うということは、実質的には本件建物の所有者でない被告小林に対し直接これを賦課するに等しく、右約定は地方税法の右規定に違反するものとして無効である。又建物所有者がその建物についての固定資産税を負担し賃借人が賃料を支払うということは、地方税法の右規定及び民法の賃貸借契約の規定を基礎に成立している公の秩序であるが、右約定は右公序にも違反して無効である。

(2)  右約定においては公租公課相当額を特定することなく賃貸人である原告においてこれを一方的に定め得ることとし、被告小林がその給付義務の内容について検討しそれを承諾するか否かの意思表示をなす余地なからしめているものであるが、これは当事者双方の意思の合致によつて成立つという契約成立の要件を欠くものであつて、右約定はその効力を発生するに由ない。

(二)  仮に右約定が有効であるとすれば、右約定における公租公課相当額とは賃借人である被告小林が賃貸人である原告に支払うべき賃料の一部であつて、右約定は賃貸人である原告が賃料増額請求をなし得ることを予め定めたものと解すべきところ、その場合において増額を原告が一方的に定め被告小林においてこれを異議なく承諾すべき義務あるものとすれば、右約定は著しく賃借人に不利なものであつて、賃借人を保護しようとする借家法の趣旨に反するのみならず、増額請求があつた場合賃料は賃貸人の一方的判断による請求額でなく客観的に相当な額に増額されるに過ぎないという賃料増額請求権本来の性質に反するものである。従つて右約定は単に原告が借家法第七条所定の賃料増額請求権を有することを意味するにとどまると解すべきで、被告等は原告主張の請求額の相当であることを争うのであるから、原告主張の金額そのものを被告等が支払う義務あるものでなく、その義務あることを前提とした原告の契約解除の意思表示はその効力を発生しない。

(三)  原告がなした本件建物の賃貸借契約解除の意思表示は次の理由により無効である。

(1)  契約解除の前提である催告は次の理由により無効であるから、従つて原告のなした契約解除の意思表示もその効力を発生するに由ない。

(イ)  原告が昭和三二年七月二四日附を以て被告小林に対しなした本件建物の賃貸借契約解除の意思表示の前提としての催告金額は、当時被告小林が支払義務を負担していた金額に比し不当に過大であつて、右催告は無効である。即ち同年六月分の家賃及び共益費合計四、九五〇円については同年六月二七日被告小林において原告に対し現実に右金員を提供したが受領を拒絶されたので、同被告は同年七月二〇日大阪法務局堺支局に右金員を供託して弁済済であり、同年七月分の家賃等については催告当時支払期日未到来である。さらに原告の催告にかかる公租公課相当額は叙上のとおり被告小林に支払義務なきものであり、遅延利息についても契約における家賃等の支払期日は毎月三〇日限りであるのに拘らず、当時の慣例として翌月二、三日頃にも収納日を定めそのときに支払つても敢て遅延利息をとらないことになつていた。従つて原告の催告金額二〇、九七〇円中被告小林として支払義務があるのは同年三月分以降五月分までの家賃、共益費合計一四、八五〇円と若干の遅延利息に過ぎず、原告の右催告は過大催告として無効である。

(ロ)  右催告は期間の定めが不相当である。即ち右催告においては支払期日を昭和三二年七月三一日までと定めてあるが、被告小林が右催告書の送達を受けたのは同月二七日であつて、叙上のとおり催告金額の適否について問題があり且つ後に述べるとおり原告と被告小林を含む金岡団地居住者との間に公租公課相当額負担の問題について紛争があつた当時の情勢下において、右のような短期間を定めての催告は不適法なものとして無効である。

(ハ)  右催告は支払場所の指定について契約に違反している。即ち原被告間の契約によれば家賃等は責任管理人の下(現実には団地内の管理事務所)に持参して支払う約定であつたが、右催告には原告大阪支所管理課に持参すべきこととしており、右は徒らに被告小林に負担をかけることを意図するもので、右催告は前記契約に違反し無効である。

(2)  仮に右催告が有効であるとしても、原告のなした契約解除の意思表示は停止条件附のものであつて、その条件は被告小林が原告の請求額をその指定日までに指定場所に持参して支払うことであるが、右催告が叙上(1) のとおり不適法なものとして被告小林の納得し難いものであつたばかりでなく、叙上のとおりの紛争があつて被告小林を含む金岡団地居住者から直ちに家賃等の遅滞なき支払を期待することが困難な情勢の下にあつては、前記条件の成就は客観的に不能なものであると解するの外なく、このような不能の停止条件を附した前記契約解除の意思表示は無効である。

(3)  仮に右催告が有効であつてその催告金額中正当限度において被告小林に履行の義務があるとしても、被告小林は右正当限度について原告の諒解を求める必要があるので、右についての折衝と正当と信ずる金額を支払う目的で右催告の指定期間内に原告大阪支所に赴き代表者に面接を求めたが、原告は言を左右にして面接を拒否し被告小林の支払を徒らに妨げたものであるから、右契約解除の意思表示は無効である。

(4)  仮に以上すべてが理由がないとしても、右契約解除は権利濫用によるものとして無効である。昭和三二年三月頃より原告は被告小林を含む金岡団地の居住者に対し同年六月以降月額一、〇〇〇円余の固定資産税相当額を負担させると言明したが、その不当なことは叙上のとおりであり、これに反対して原告所有の各居住団地に住宅会が結成され、さらに発展して近畿地区協議会全国協議会等も組織され、全国的な問題として社会の耳目を惹いた。我国住宅事情の現状と国民生活安定の面からして右反対運動の正当なものであることは勿論であるが、被告小林はその反対運動の正しいことを確信し、その属する金岡団地の住宅会のみならず近畿地区協議会全国協議会においても中心的に活動し、強硬な態度を示していた原告に対し十分の再考を促し他方右反対運動を強く発展させるための方途として同年三月分以降の家賃等の支払をなさなかつた。被告小林としては問題の解決をみるならば賃料支払の意思を有していたものであつて、同被告の賃料不払いが原告との間の信頼関係を破る悪意のものでないことは、同被告が同年六月分の賃料(固定資産税相当額を除く)四、九五〇円を同年七月に至り供託していることによつても明らかである。被告小林に対する契約解除の意思表示は右反対運動の盛り上つた最も重要な時期になされたものであつて、原告の意図するところはその運動の中心的存在であつた被告小林を排除しての運動を困難ならしめようとするところにあつたと解せられ、叙上のような事情の下に叙上のような時期になされた右契約解除の意思表示は解除権の濫用であつて無効である。

と述べ、

立証として、証人小野義彦同西山清雄の各証言、被告本人の供述を援用し、甲第五号証の成立は不知その余の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

一、原告主張の請求原因事実中原告が被告小林に対し昭和三二年六月分以降の公租公課相当額を一ケ月四三〇円と定め通知したこと及びその通知にかかる金額が原告被告小林間の賃貸借契約における公租公課相当額であることを除きすべて当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第四号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第五号証、証人藤井勝治の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、原告大阪支所においては昭和三二年六月二二日頃同月一二日附住宅公団通牒「既に募集済の賃貸住宅の公租公課相当額の算出方法」に基き具体的に本件建物についての賃貸借契約における公租公課相当額を別紙公租公課相当額算出表のとおり同年六月以降毎月四三〇円と定め、その旨の通知書を同年六月中被告小林の居住する金岡団地の責任管理人藤井勝治をして配布せしめ同被告に通知したことが認められる。

二、被告等主張の抗弁について順次判断する。

(一)  本件建物の賃貸借契約における被告小林が原告に対し家賃の外に原告の定める公租公課相当額を支払うという約定の効力について。

(1)  被告等は右約定は地方税法第三四三条に違反するから無効であると主張するが、右約定は住宅公団が賃貸する住宅の家賃は建物建設費の償却費、修繕費、管理事務費等の外に公租公課を加えたものの月割額を基準として公団が定める旨規定している日本住宅公団法施行規則第九条に基くものと認められるが、成立に争いのない甲第一号証により認められる原告と被告小林間の賃貸借契約書中の家賃の外に固定資産税その他の公租公課相当額を支払うべき旨の規定(甲第一号証中の第六条)は、右公租公課相当額を以て建物使用の対価である家賃外のものであるかの如き誤解を生ぜしめるおそれがあり、家賃の中に公租公課相当額を包含せしめている前記日本住宅公団法施行規則第九条の趣旨よりしても妥当を欠くうらみはあるが、原告被告小林間の約定にいう公租公課相当額は建物使用の対価の一部とみるのを相当とするところ、およそ建物の賃料が建物若しくはその建物の敷地に対する公租公課の額をも考慮して決定されるべきものであることは借家法第七条の趣旨に徴しても法の認めるところであるばかりか、元来右公租公課相当額を家賃の構成要素の一つとなすことは一般の家主の慣行するところでもあるから、原告と被告小林の合意で建物使用の対価として公租公課相当額とこれを除く家賃とを支払う旨を約したとしても、家賃という言葉の構成内容が異るだけで、実質的にみる限り公租公課相当額を含む家賃の支払を約するのと同一に帰し、もとより契約自由の原則の範囲内のことに属し違法とは認められず、又右約定は固定資産税相当額を賃借人である被告小林に家賃の一部として負担せしめ実質的に固定資産税を賃借人被告小林に転嫁することを意味するにとどまり固定資産税の納税義務者を変更する効力を有するものでないことは勿論であつて、不動産所有者に固定資産税を課するという固定資産税の納税義務についての地方税法第三四三条の規定に違反するものでないことは明らかであるから、被告等の右主張は理由がない。

又被告等は右約定は公序に違反するから無効であると主張するが、右約定は叙上のとおり違法なものでないばかりか正義の観念に反し被告等の自由を極度に制限するものとは認められず、又原告の暴利行為と目することもできないから、公序良俗に反するものとは認められないので、被告等の右主張も理由がない。

(2)  被告等は右約定は契約の成立要件を欠くから無効であると主張するが、右約定は家賃の一部である公租公課相当額について原告が定める額を被告小林において支払うことを約したもので、原告が定める公租公課相当額を被告小林が支払うという点において意思表示の合致に欠くるところなく、ただ右公租公課相当額が契約時において特定していないというに過ぎないものであるから、被告等の右主張は理由がない。

(二)  被告等は仮に右約定が有効であるとしても、右約定は単に原告が借家法第七条所定の賃料増額請求権を有することを意味するにとどまると主張するが、右約定は叙上のとおり被告小林が本件建物の家賃の一部として原告の定める公租公課相当額を支払うことを約したもので、借家法第七条の賃料増額請求権を原告が有することを意味するにとどまるものとは解せられない。なお右約定を合理的に解釈すれば、原告が公租公課相当額として定めたものならばその額の如何を問わず被告小林に支払義務があるという趣旨のものではなく、およそ賃貸建物並にその敷地に関する公租公課は法律条例の定めるところにより算出されるものでその額の算出には一定の客観的基準が存するものであるから、原告が右を無視して急意的に定めた公租公課相当額なるものについて被告小林が支払義務を負担するいわれはなく、原告が右客観的基準により算出した公租公課額中原告の定める部分に限り被告小林に支払義務があるもの(従つてその最高限度は公租公課の額に限定される)として右約定がなされるものと解するの外なく、従つて原告が実際の公租公課の額を上廻つたものを公租公課相当額として定めたとすれば、その超過部分について被告小林が支払義務を負担しないのは勿論、原告が公租公課相当額として定めた額をその額の如何に拘らず賃借人において支払う義務があるとする約定は、建物の賃貸人は経済事情の変動を理由として家賃の増額請求権を有するがその額の正当性について争いのあるときは裁判所がこれを確定するという借家法第七条の趣旨に反するものとして、無効と解すべきであろうが、原告と被告小林間の右約定は叙上の如き趣旨に解せられるし、原告の定めた一ケ月四三〇円の公租公課相当額も前掲甲第四第五号証弁論の全趣旨を綜合すれば、原告が恣意的に定めたものでなく、原告大阪支所が住宅公団の通牒に基き別紙公租公課相当額算出表のとおり算出したもので、叙上説示の客観的基準に則り算出せられたものとして相当であると認められるので、被告等の右主張も理由がない。

(三)  原告のなした賃貸借契約解除の意思表示の効力について。

(1)  催告の抗力。

(イ) 被告等は原告のなした賃貸借契約解除の意思表示の前提としての催告は過大催告であるから無効であると抗弁するが、原告が被告小林に対しなした催告における催告金額が、昭和三二年三月分以降六月分までの家賃、共益費計一九、八〇〇円並びに同年六月分の公租公課相当額四三〇円合計二〇、二三〇円及びこれに対する各支払期日の翌日から催告期限である同年七月三一日までの約定遅延利息の合計額であり同年七月分の家賃等を包含しないことは、原告の主張自体に徴し明らかであるのみならず前掲甲第一号証、成立に争いのない甲第二号証の一、二を綜合すれば計算上明らかである。叙上認定のとおり公租公課相当額を支払う旨の約定が無効でなく原告の定めた公租公課相当額が相当である限り、被告小林は原告に対し昭和三二年六月分以降一ケ月四三〇円の割合による公租公課相当額を支払うべき義務あるところ、被告本人小林の供述によつても被告小林が同年六月分の家賃、共益費を供託した事実は認められるが、同日分の公租公課相当額について供託しなかつたことは被告等の自認するところであるばかりでなく、右供託分についてその支払期日前に適法に現実の提供をしたことについてこれを認めるに足る証拠なく、右供託は同年六月分の家賃等について弁済の効力を生ずるに由ないものと認められる。又前掲甲第二号証証人藤井勝治の証言によれば、家賃等の支払については毎月三〇日限り当月分を支払い右期日に遅滞すれば遅滞分について一〇〇円につき一日五銭の割合による遅延利息を支払う約定に拘らず、翌月一〇日までに支払つたときは遅延利息を徴収せず一〇日を過ぎれば支払期日の翌日に遡つて右利息を徴収する慣行であつたことは認められるが、被告等が現在まで同年三月分以降の家賃等を支払つていないことは被告等の自認するところであるから、右慣行によるも被告等に遅延利息支払義務がある。従つて被告小林は右催告が同被告に到達した当時原告に対し原告催告の金額を支払うべき義務があつたもので、過大催告であるという被告等の抗弁は理由がない。

(ロ) 被告等は右催告はその指定した期間が不相当であるから無効であると抗弁するが、前掲甲第二号証の一、二によれば右催告は昭和三二年七月二四日附で同月二六日大阪中央郵便局より被告小林宛に発せられ翌二七日同被告に到達したことが認められるので、右催告の指定期限である同月三一日までには四日を余すに過ぎないが、既に遅滞が数ケ月に及びその催告金額もさして多額とも認められないことからして、後に述べるとおり原告と被告小林間に固定資産税相当額負担の問題について紛争があつたことを考慮しても、催告の指定期間として不相当なものとは認められないので、被告等の右主張も理由がない。

(ハ) 被告等は右催告における支払場所の指定は原被告間の共約に違反しているので右催告は無効であると抗弁するが、前掲甲第一号証によれば原被告間の契約においては家賃等は原告が賃借人との連絡事務を行うためにおく専任管理人のところに持参して支払うことに約定されていることが認められるが、右の如き持参債務の支払について通常でない既に遅滞にある家賃等の支払を契約の解除を予定して催告するに当り、約定の支払場所と異る場所を支払場所として指定したとしても、徒らに債務者の支払を困難ならしめる目的を以てなした等特別の事情のない限りは、右指定をもつて違法のものということを得ないと解するので、右特別の事情の認められない原告のなした右支払場所の指定は右催告を無効ならしめないものと認める。

(2)  被告等は抗弁(三)の(2) (3) において原告のなした契約解除の意思表示に附せられた停止条件に関して抗弁するが、右条件は被告小林が原告指定の期間内に原告催告にかかる金員を支払わないことであることは明らかであるところ、被告等は右条件を以て被告小林が原告指定の期間内に原告催告の金員を支払うことであるとして抗弁しているから、既にその立論の前提において誤つているので、被告等の右抗弁はいずれもその主張自体理由がない。

(3)  被告等の権利濫用の抗弁について。

前掲甲第一号証、同第二号証の一、二、同第四、第五号証、成立に争いのない甲第六号証、証人藤井勝治同西山清雄同小野義彦の各証言、被告本人小林の供述及び公知のことである第二六回国会の衆議院建設委員会会議録所収の政府側並びに日本住宅公団理事者側と国会議員の質疑応答から推認される事実(右会議録第七、第九、第二三、第二五、第二七、第二八、第二九号参照)を綜合すれば、被告小林は昭和三一年五月から原告所有の金岡団地の本件建物に入居したものであるが、同年秋頃から入居者に従来の家賃、共益費の外に賃借建物及びその敷地に対する固定資産税相当額を負担せしめる旨の公団の意向が伝えられ、入居者の間にこれに対する反対の気運が発生したが、被告小林の属する金岡団地においては翌三二年一月に至り入居者相互の親睦を計るとともに団地の道路、雨漏の問題等入居者が共通の関心を有する問題について公団と折衝することを目的として住宅会が結成され、被告小林は右住宅会の幹事、新聞部長、渉外部長として積極的に活動した。右住宅会は間もなく前記固定資産税相当額負担の問題をもとり上げ、公団大阪支所とこれについて種々折衝したが、固定資産税負担反対の気運は各地団地に続発し、同年三月初旬には近畿地区の各団地の代表者により「固定資産税入居者負担反対近畿地区協議会」が結成され、さらに同年同月には全国協議会が結成され右反対運動は全国的な運動に発展した。右反対運動の趣旨は固定資産税相当額の入居者負担は実質的には家賃の増額であるということにあつたが、公団は同年六月に至り固定資産税相当額の強行取立を計り同月下旬には金岡団地居住者に対しその負担額を通知し同月分からの支払を催告した。その間にあつて被告小林は金岡団地住宅会並びに前記近畿地区協議会の幹事として終始右反対運動の先頭に立ち、各団地の代表者等との連絡原告大阪支所との折衝等に積極的に活動し、当時の金岡団地の入居世帯数六七〇余戸中大多数は住宅会に加入していたが、被告小林はその中にあつて強硬な意見を吐露し同住宅会において同年六月分以降の家賃、共益費を供託することを決定した際にも供託さえ不要であるとの意見を持つていた。金岡団地においては右決定に従い大多数の入居者は同年六月分以降の家賃、共益費の供託を続け、入居者の階層が雑多である関係もあつてかその間多少の結束の乱れはみたがなお同年七月には四百七・八〇戸同年八月には四百二・三十戸が供託を続ける状態にあつたが、一方右反対運動は国会にも持ちこまれ政治問題に発展し、原告本所と全国協議会代表者の間にも種々折衝がなされ、同年九月頃には国会議員の斡旋もあつて同年一一月分以降の固定資産税相当額はこれを支払い同年六月分以降一〇月分までの未払分については翌三三年三月頃までにその支払方法を協議するという話合が成立したかの如くであつたが、これも判然としないまま右反対運動は終結をみるに至つたこと、昭和三二年九月初旬頃の公団住宅の家賃等の支払状況は、固定資産税相当額を含む家賃等全部を支払つたものの入居総戸数に対する比率でいえば同年六月分について四六・七パーセント七月分について四三・九パーセント八月分について三六パーセントであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実を基礎として原告が被告小林に対しなした賃貸借契約解除の意思表示の効力について判断する。原告と被告等間の賃貸借契約書中の家賃の外に固定資産税その他の公租公課相当額を支払うべき旨の規定は、叙上説示のとおり右公租公課相当額を以て建物使用の対価である家賃外のものであるかの如き誤解を生ぜしめるおそれがあり妥当を欠くうらみがあるばかりか、実質的にはその中に賃貸建物及びその敷地に対する固定資産税相当額が含まれているとしても、「家賃は家賃であり、建物土地の税金はその所有者が支払うものである。」という家賃についての従来の伝統的概念に根ざしている民衆の感情に対し、右の如き規定が異様な感じを与えたことは否み難い事実であつたであろうことが推認でき、一方原告が右の如き規定を設けたことについて仮に原告主張のような理由(固定資産税額の未確定)があつたとしても、右規定の如き表現でなくしかもそのことを賃借人に諒知せしめる方法を原告において容易にとり得たことを考えるとき、右の点についての原告側の不手際は非難を免れない。さらに公団住宅の賃貸借契約のような附従契約的な色彩の濃厚な場合には、賃借人において契約に当り一々契約条項を詳細に検討しないことも予想され、仮に検討したとしてもその際には将来の負担については現実感を持たないのが通常であつて、その約定の法的効力を否定することができないのは勿論としても、その約定された将来の負担が現実化したとき賃借人としてはこれを意想外のものと感ずるであろうことも、素朴な民衆の感情として十分諒察できる。前掲各証拠によれば当時公団住宅の入居者中収入月額三万円前後のものに対し月額六〇〇円から一、二〇〇円程度の固定資産税が新に課せられることが伝えられたことが認められ、既に月額四、五千円の家賃を支払つているものに対し右程度の負担増加も決して軽視すべきものではないと認められるし、公営住宅とはその性質を異にするとはいえ住宅に困窮する勤労者のために集団住宅を供給し国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として設立された日本住宅公団の賃貸住宅の賃料が、決して低廉であるとはいえないことは略公知のことに属する。叙上認定の金岡団地の住宅会、固定資産税入居者負担反対近畿地区協議会、同全国協議会はいずれもその結成自体は憲法によつて保障された結社の自由に基くものとして適法なものであるこというまでもないのみならず、その目的も公団住宅の賃借人としての共通の利害を有する事項について原告と折衝し或は相互の親睦を計ることを目的とするものであり、その現実に行つた固定資産税負担反対運動も以上の諸事情に徴すれば居住者大衆の意思感情を基盤とし社会的妥当性を有するものと認められ、被告小林は右団体の幹部として固定資産税負担反対運動の指導に従事したものでその反対運動における行動自体を違法視することを得ないものである。ただ被告小林はその所属する金岡団地住宅会が家賃、共益費の供託を決議するに先立ち昭和三二年三月分以降の家賃、共益費の支払をなさず、又右決議後も同年六月分について供託したのみで供託を続けず、この点について被告本人小林は金岡団地においてこのような行動をとつたのは自分一人でありそれは公団の強硬な態度からして犠牲が他に波及するのを避け公団側の攻撃を自己に集中せしめる目的に出たものであると供述するが、同被告の供述態度には稍誇張的な自己主張自暴自棄的な態度もみられ、さらに叙上認定のとおり同年六月分以降の家賃等の収納状況からみても、被告小林の右供述はそのまま信を措き難いばかりでなく、仮に右のような目的でなされた行動であるとしても、被告小林の大衆運動の指導者としての適格性について多少の非難は免れ難いが、叙上のとおりの情勢下において強いてこれを強く非難するには値しない。およそ建物の賃貸借において当事者の信頼関係がその基本となることはいうまでもないが、ここにいわゆる信頼関係とは当事者間の純粋に個人的主観的な信頼関係を指称するものではなく、賃貸建物を中心として相互に賃貸人賃借人として信義に従つて誠実に行動すべきことについての信頼関係をいうものと解すべく、従つて建物賃貸借における信頼関係の存否は当事者の個人的主観的な信頼感情の有無によつて決定すべきものでなく、建物賃貸借の社会的機能を中心に具体的事情に即して社会的見地から客観的に決定すべきものであるところ、叙上認定説示のとおり原告としてもかかる事態の発生について一半の責を負うべく反面被告小林のみはその責を帰し難い事由から発生した固定資産税負担反対運動の最中に、しかも全国的な大衆運動政治問題にまで発展し中央においてもその解決について種々努力がなされているときに、叙上認定のとおり全国的にみて家賃等の全額支払者が全入居戸数の半ばにも達しない状況下(勿論その中には右反対運動と関係なく純粋に個人的な理由から支払をしていないものも含まれているではあろうが、大半は右反対運動と関連があるものと推認できる)において、事態が解決をみたならば支払の意思と能力を有していた右反対運動の指導者の一人である被告小林に対し(この点について被告本人小林は不払について多少個人的な経済的理由もあつたと供述するが、同被告の供述について叙上したとおり右供述もそのまま措信し難い)なされた賃貸借契約解除の意思表示は、信義則に反し権利の濫用としてその効力を発生しないものと解するのを相当とする。

三、従つて原告の本訴請求中契約解除が有効になされたことを前提として被告小林に対し本件建物の明渡を求め被告両名に対し契約解除の日の翌日以降右建物明渡済に至るまでの損害金の支払を求める部分はいずれも理由なきものとして棄却すべく、被告両名に対し昭和三二年三月分家賃共益費四、九五〇円及びこれに対する支払期日の翌日である同年三月三一日より、同年四月分家賃共益費四、九五〇円及びこれに対する支払期日の翌日である同年五月一日より、同年五月分家賃共益費四、九五〇円及びこれに対する支払期日の翌日である同年五月三一日より、同年六月分家賃等五、三八〇円及びこれに対する支払期日の翌日である同年七月一日より、同年七月分家賃等五、三八〇円及びこれに対する支払期日の翌日である同年七月三一日よりいずれも右完済に至るまで一〇〇円につき一日五銭の割合による約定遅延利息の連帯支払を求める部分はこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 戸田勝)

目録〈省略〉

公租公課相当額算出表

1〈1〉 公租公課相当額の年額は下記 の各号の合計額とする。

住宅分

1坪当りの評価額×住宅の総延計画床面積×所定の公租公課税率×1/2

土地分

当該団地の土地に係る昭和32年度公租公課税額

〈2〉 1戸当り公租公課相当額の月額は次の計算方法による。

公租公課相当額の年額×1/2×当該賃貸住宅の家賃/賃貸住宅各戸家賃合計

但し月額に10円未満の端数を生じた場合はこれを10円に切上げるものとする。

2 上記の算出方法を金岡団地5号館403号室に適用すれば次の通りとなる。

〈1〉 公租公課相当額の年額

住宅分

40,000円〔坪当り評価額〕×9,543坪33〔総延計画床面積〕×16/1000〔利率〕×1/2 = 3,053,870円

管理事務所、集会所の何れも含まない計画床面積である。

土地分

195,260円(昭和32年度税額)+3,053,870円+195,260円 = 3,249,130円

〈2〉 1戸当り公租公課相当額の月額、

3,249,130円×1/12×4,800(5号館1戸当り家賃月額)/3,069,800(全国団地月当り総家賃)≒ 423円

10円未満の端数は切上げるから金岡団地5号館403号室の公租公課相当額の月額は430円となる。

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